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アイテム詳細

Niccol`o Machiavelli
河島 英昭

岩波書店

グループ:Book

ランキング:696190

価格:¥ 1,365

発売日:2001-08

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カスタマーレビュー

権力はいかに運用されるべきか  (2008-11-27)
   〈人間というものは、一般的に、恩知らずで、移り気で、空惚けたり 隠し立てをしたり、
    危険があればさっさと逃げ出し、儲けることにかけては貪欲である〉(第17章)


キリスト教的道徳観が支配的だった当時、こんな身もフタもない
人間観を披露すれば、そりゃあ、非難轟々だったと思います。

しかし、現在の視点から本書を読んでみると、書かれているのは、
上記のような、どうしようもない人間という存在をまとめていくリーダーが、
肝に銘じておくべき、ごくごく常識的な心構えに過ぎないように思います。


宗教上の原罪など信じなくとも、人間はもともと堕落している。
それは啓蒙主義が浸透することによって改善し、進歩していく類いのもの
ではなく、これまでもこれからも永遠に変わらない普遍的事実に過ぎない。

だから君主は、善悪ではなく人間性をみることで、他人の行動を見極めていくべきだ――。


まったく仰る通り、というしかありません。


また、君主は領民に対し、冷酷に振舞い、恐れられる存在であるべきだ、
と説くマキアヴェッリですが、恨みを買うことだけはしてはならないと戒めます。

特に、死刑は〈都合の好い正当化と明白な理由〉があれば、行ってもよいが、
決して臣民の財産には手を出してならない、と取り立てて注意を促している所に、
マキアヴェリの鋭い人間洞察があらわれているように感じ、興味深かったです。


なぜなら〈人間というものは、殺された父親のことは忘れても、
奪われた財産のほうはいつまでも忘れないから〉です。

エリートの必須アイテム  (2008-11-27)
リーダーシップが盛んにもてはやされる昨今、やはりこの古典的名作ははずせないのでしょう。君主としてのあり方を探るヒントが満載の古典に触れて頭をリフレッシュさせましょう。

人間の心理についての鋭い洞察の書  (2008-10-08)
言わずとしれたニッコロ・マキャベリがロレンツォ・デ・メディチに贈った君主のありかたを説いたテキスト。君主政の諸類型を整理しつつそれぞれの長短を検討していく。題は「君主論」だがその内実は「人間論」といってもいいかもしれない。配下の諸侯、あるいは一般の民衆といった人間達の心理をするどく分析することによって君主のやるべきこと、やってはならないことを解き明かす。その人間の心理への鋭さは見事という他ない。今なお読み継がれている理由がここにある。

マキャベリの思想は、「マキャベリズム」「マキャベリスト」といった形で人口に膾炙し、様々な概説を通した形で孫引き的に流布している。権力者はその権力を維持するためならばいかなる冷酷非道な手段を用いても構わない。そのような印象が「マキャベリズム」という言葉とともに独り歩きしているといえる。だが、本書を読むとそんな今まで抱いてきた「マキャベリズム」へのイメージが激変する。確かに彼は、「君主たるものは、己の臣民の結束と忠誠心とを保たせるべきならば、冷酷という悪評など意に介してはならない」という(17章)。だが一方で彼は「どれほど強大な軍事力に支えられた者でも、ある地域へ攻め入る時には、常にその地域住民たちの好感を必要とする」という(3章)。「いかなる君主においても民衆を味方につけておくのが必要」だというのである(9章)。一方では君主は慕われるよりも恐れられていたほうがよいと主張しつつ、他方では君主は民衆から憎まれてはならないという。なぜなら「陰謀を企む者は常に、君主の死によって民衆を満足させられると思い込んでいるが、民衆を怒らせるのではないかと思った時には、そのような手段をとる勇気を持たないから。」(P139)

統治を安定させるには何が必要で何がご法度か?マキャベリの論考は500年も前に書かれたとは思えないほど深く、複雑だ。本書を丹念に読むと、軽々しく「マキャベリズム」「マキャベリスト」といった形での一般化はできなくなる。巷で流布している俗説に簡単に影響されずにきちんと古典に向き合う作業の重要性を実感する。

著作自体は優れているが、翻訳が不適切  (2008-06-04)
すでに指摘されているように、翻訳が悪い。接続法や指示語など、文章理解の上で直訳する必要のない部分をあえて直訳している一方、直訳で十分に意味が取れるところをなぜか意訳し、かえって日本語として意味が取りづらい点が多い。ゼミで用いたが、学生が気の毒であった。

また、専門家・研究者向けでもない。principato, stato、fortunaなどにはそれぞれ「君主政体」「政体」「運命」といった訳語が充てられており、多くの場合その翻訳は、専門的に見て必ずしも適切だとは思われない。全般的に、誤訳とまでは言えないにせよ、読者がその日本語を正しく「再翻訳」しなければ、誤解を与えてしまう点が多すぎる。採用されている日本語が一律で機械的であり、それぞれの文脈を踏まえた翻訳とは言いがたい。訳者自身の内容理解が伴っているのだろうかと疑わざるをえない。「厳しい原典批評」を経ているという売り込みだが、かりにそうであるとしても、そもそも版の相違は、文意を読み解く上で、さほど重要な程度ではない。たんなる個人的感想のような不要な注も目立つ。

従来の翻訳のほうがはるかに優れているように思われる。

確かに読みにくい。だが、これで十分ではないか。  (2008-02-24)
 言わずと知れた名著だけに、その真髄については、すでに多くのレビューにおいて語られているから、ここでは内容についての批評はしない。評価の分かれている日本語訳についてコメントしておきたい。
 確かに、少なからぬ人が指摘するように、この訳文は読みにくい。表現に独特のクセがあるのと、口語的とはいいがたい熟語(「簒奪者」など)が使われている点が、こうした印象を持たせているのだろう。文庫という、幅広い読者を想定した本であることを考えると、もっと訳語をわかりやすくしてほしいところではある。
 だが、マキャベリズムの真髄を知るには、今の訳でも十分である。含蓄の深いマキャベリの言説にひそむ思想を、たった一度の読書で了解しようというのは無謀であり、それ故に『君主論』は何度も読み返されるべきものだからである。読みにくくとも、その真髄は余すところなく、本文に現れていると私には感じられる。だから、この文庫版を否定する必要は全くない。また、従来の邦訳の多くがリージオ版(またはその系譜の版)を底本としているのに対し、岩波文庫版はそれらとは根本的に系譜の異なるカゼッラ版を底本としていることを思えば、他の翻訳と単純に並べて語るのは酷である(訳の異同があってしかるべきであるから)。
なお、私は、マッツォーニ=カゼッラ版に依拠している英訳版"The Prince"(trs.G.Bull,Penguin Classic 2003)も読んだが、英訳と日本語訳で大きな異同は見あたらなかった。誤訳があるという指摘もあるが、全く異なる時期に訳している日英の訳者が同じような誤訳をするというのは考えにくいし、本文におかしな意味の文章があるとも感じられない。この文庫版でも、邦訳としては十分合格点を与えられると思う。