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岩波書店
グループ:Book
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カスタマーレビュー ![]()
そんなこと言われたって・・人間だもの!
(2008-09-16)
宗教に関わる時期があり、ブッダは人であるといいながら神格化された話しか聞けず、どこら辺が人なのかが知りたくこの本を読みました。
渡された経本の、半ば夢物語のようなのしか知らなかったのでこの本にはかなり驚きました。
「実に僅かの物が欲しくて路行く人を殺害して、僅かの物を奪い取る人」
「女に溺れ、酒に浸り、賭博に耽り、得るにしたがって得たものをその度ごとに失う人がいる」
「ひとを悩まし、欲深く、悪いことを欲し、物惜しみをし、あざむいて徳がないのに敬われようと欲し、恥じ入る心のないひと」
お経が出来たのは紀元前と聞いたけど、職場の誰かさんや昨日読んだ新聞の記事の、まるで昨日のことのような内容です。ちなみに上記は「賤しい人」「破滅への門」という章の詩。手厳しい・・。
前向きな言葉として印象に残ったのは
「自分を苦しめず、また他人を害しないことばのみを語れ。これこそ実に善く説かれたことばなのである」
「好ましいことばのみを語れ。そのことばは人々に歓び迎えられることばである。」
ただし、
「実行がともなわないのに言葉だけ気に入ることを言う人は「言うだけで実行しない人」であると賢者たちは知り抜いている」とのこと。
こういう教訓が紀元前にできあがってたなんて・・・そんなに変わらないのか、人って。
変われないから毎日反省して変わろうと努力はしてみるってことなのかな。とりあえず私はそうなりそうです。こういう言葉を知った以上、「自粛」という行動がとれるかもしれません。
死後ではなく生を語った釈尊の肉声
(2008-06-28)
人間・釈尊(ゴーダマ)はヒンドゥー教の影響を受けつつ、世俗/形式化したヒンドゥー教では救いきれない人々に対して、「様々な苦悩を相対化して平穏な心の中で生き、そして死ぬ」ための智慧を語った人だ。(この構図はナザレのイエスとユダヤ教の関係と同じである。)
彼自身は、お経を呪文のように唱えたりせず、偶像崇拝や呪術的儀式を否定していた。にも関わらず、世俗化の過程で例えばヒンドゥーの神々が色んな仏に転訳されて「仏像」なるものが登場したり、釈尊が超人化されて生き返ったり空を飛ぶ仏典が作られたり、弟子との対話が「お経」として呪文化したり、様々な変容を遂げて「世界宗教化」していく。(この構図もキリスト教が歩んだステップである。なんで人間ってこういうバカなステップを踏まないと智慧を受け入れられないんだろうね。)
釈迦は口伝で教えを諭したのみなので、この本に纏められた詩篇自体、直接釈尊を知る世代がいなくなる没後100年くらい経ってから教団がまとめたものらしく、今読めるのはそれが更に他言語(パーリ語)に翻訳されたものである。そのため、やたら教団の仮想敵だったヒンドゥー教の導師の改信物語が多いこと、「四諦」の概念すらアヤフヤな初期教団の教えの中で妙に理論的な挿話が付け加わっていること、教団内部で和を乱した弟子が地獄に落ちる様をやたら詳しく描いたりしてること(笑)など、突っ込みどころが多い内容ではある。(このへんのヒンドゥー概念の影響や教えの変容過程については、ページ数の半分を占める中村元の訳注が勉強になる。)
しかし、それにも関わらず、この「スーパニパータ」は釈尊の教えがオリジナルに近い形で収められている一級資料であることには変わり無く、その教えは仏教哲学化以前の「いかに苦しみを乗り越えてこの人生を生きるか」というシンプルな言葉に溢れている。一字一句噛み締めながら読むと、座禅を組んで瞑想しているような穏やかな心持ちになれます。
読めば読むほど・・
(2008-04-22)
人生を歩むときに、非常に大切で誰の目にも明らかだけど、難しいこと。
それをここまで「誰にでもわかるように」平易な訳を心がけたとは・・・。
素晴らしい「あり方」だと思います。
読めば読むほど、面白いと思います。
読んでもわからないひとも、人生を頑張って生きていくと、そのうち「ああそうだったのか」とわかるようになると思います。
折にふれ、読んでみたい心の詩
(2008-02-17)
ご存知、中村元先生による翻訳。
確かに、ことばが直訳調であり、なかなかスーとはいる文章ではない。でもそれが逆に奥深さを醸し出している気がする。同じ様なことばが繰り返されるが、何回か読むと慣れてくる。
私はもう何度も読んでいるが、その時々で、自分にピッタリくる章がある。この仏典がいろんな場面のことを取り扱っているということなのだろうか。
なにか、心につかえがあるときに、きっと助けてくれる。そんな感じだ。
いわゆるお経という感覚ではなく、心の詩、と呼びたい。
岩波書店には、もう少し大きい活字本を出していただければ、なおありがたい。
初心者入門書にはおすすめできません
(2007-05-07)
確かにブッダの言葉に近いのでしょうが、それが当時の社会の様子を前提として書かれているために、一読しただけでは何を言いたいかが分かりません。

