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講談社
グループ:Book
ランキング:29564
価格:¥ 777
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発売日:1995-07-20
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カスタマーレビュー ![]()
東西の個人と社会そして「自由・平等・平和」の成り立ち
(2008-11-07)
自分のなかに歴史をよむ (ちくま文庫 あ 4-3) は著者がヨーロッパ社会に興味を持ち、西洋中世史を志すようになった経緯をとおして、ヨーロッパ中世史を人間関係の変化から読み解いています。たとえば、なぜ自然科学や資本主義がヨーロッパに誕生し、発達したか。二つの宇宙(ミクロコスモス、マクロコスモス)の章では、なぜ中世人たちは、占星術を深く信じていたかや、神殿をめぐって「アジ−ル(避難所)」が語られます。唐突ですが、高校生が発した質問「鎌倉以降天皇の力が弱くなりながらもなぜ現代まで存続できたのか。」「なぜ、平安末、鎌倉という時代に優れた宗教家が多く現れたのか。」という問題に答えようとして、網野善彦は日本中世のアジ―ルについて「無縁・公界・楽(平凡社)」を書いたわけですが、この大きな質問は、この「無縁」原理がキリスト教会によって制度化され、ヨーロッパにのみ、なぜ自由・平等・平和の思想が生み出されたかということにつながっていきます。さて、人間関係といえば、人間と人間のあらゆる関係の総体を社会(society) と呼びますが、阿部氏は日本にはヨーロッパ社会と異質の、「世間」があることを指摘しました「「世間」とは何か(講談社) 」。日本の学者の大多数が日本社会を「社会」という言葉で論ずるとき、実際の日本社会「世間」とのずれを全く理解していないことを指摘しました。また、社会は、個人から成り立っていますが、日本おける個人のあり方とヨーロッパにおける個人のあり方は根本的に異なっています。ミッシェル・フーコーが指摘しているようにヨーロッパにおける「個人」の成立にカトリックの「告解」が深くかかわっていますが、阿部氏は、さらに中世人が告解をとおして「男と女の関係の問題」を「自覚」する中に個人の誕生を見たのです。(「西洋中世の男と女」筑摩書房)。
世間は何かは人それぞれ
(2008-06-25)
社会と世間との違いはわかったが、現代一般に使われている世間の解体はされずに終わってしまった。
「世間」は空気のように見えない、感じない
(2008-05-18)
*****
阿部謹也氏が亡くなった。享年71歳。
ドイツ中世史を専門とする阿部謹也は『ハーメルンの笛吹き男』で知られるが、
彼の名前が広く一般に知られるようになったのは『世間とは何か』が上梓
されたのちだろう。彼の「世間論」をアカデミズムは無視した。自身が「世間」
の住人である学者たちにとって阿部の指摘する「世間」は空気のようなものなの
で対象化できなかったせいだ。阿部を支持したのは、この日本社会が妙に生き
にくいと感じていた一般読者だった。
喫茶店で携帯電話を取り出し、大声でしゃべっている中年男性がいた。
高価そうなスーツ姿、滑舌の良い声で完璧な敬語を使っている。どこから見ても
経験豊富で有能な営業マンにしか見えない。取引先らしき相手への丁寧な対応は
模範になるようなものだった。しかし、すぐ周りにいる人間へのこの男の配慮は
ゼロであった。この極端な落差はいったいどこからくるのか。電話の向こうの相手
には常識をわきまえた適切な対応ができるのに、すぐ隣にいる人間への配慮が
どうして欠如してしまうのか。
この日本社会がなにやら生きにくい、周りの人間の言動が理解しがたいと普段から
感じることの多い人にとって『世間とは何か』『日本社会で生きるということ』は
必読書である。
我々が生きる日本社会の特質
(2007-09-09)
本書は、ドイツ中世史を専門とする著者が、
「世間」という日本社会に連綿と息づく社会的特質を
様々な文献を手がかりとして描き出したものである。
既にレビューも数多く、書くべきところは殆ど無い。
よって、ここでは重複を避けるため私的感想のみを述べるに留まろう。
蛇足と理解しつつ、本レビューを読んで頂きたい。
思春期を迎え青年期に入るなり、若干の海外生活の経験がある私(ごとき)は、
日本で暮らす事にある「生き辛さ」を感じてしまった。
「自分が正しいと思う道を突き進め」などと、
「個人」を尊重した価値規範を基にのたまわれる口当たり美味な少年時代の教えは
現代日本社会においてはある種弊害となる。
実際には、正しいと思った事をこの場所で突き通すには覚悟と根性と才能が必要である。
何故必要なのか? 何故突き通せないのか?
その答えが「世間」という日本社会構造の存在とその作用である。
詳しくは本書にて。
注記しておくが、
私はこの「世間」にある「生き辛さ」を感じてしまったが
著者も指摘するように、「世間」は「安心」も与えてくれる。
少年時代に教授された個人主義を典とする甘美な思想に酔いしれ、
青年時代の「生き辛さ」の大海においても二日酔い状態だった私だが、
成年時代の今では酔いも醒め、その「安心」の大海の漣に片足の踝程まで浸している。
盛年の盛りを取り戻すべく、今また酒を手に取りチビチビと盛っている(実際には下戸だが)。
世間の謎
(2007-04-11)
多くの実例を元に日本に残る「世間」というものを解きあかした名著。
ある意味それは空気といってもいいかもしれない。
いまだに日本人の間に残っている「空気を読め」という言葉などもそうだ。
少なくとも日本人にはシロクロをはっきりつけるという意識は学者でもいまだに存在しない。
罪をおかしていなくても疑われた場合世間を騒がせて申訳ないと謝罪しなければならない。
特に後半の漱石を中心に分析した項は日本人がいまだに近代を迎えていないと痛感させられる。
日本の自称近代人や自称西洋学者たちが見てみぬ振りをしようとしたものをまざまざと見せ付けてくれる。

