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講談社
グループ:Book
ランキング:412982
価格:¥ 880
ポイント:8 pt
発売日:2006-08-04
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靖国問題の近代的本質
(2006-08-31)
靖国は神道国教化ではなく、祭祀と宗教の分離、政祭一致という近代性こそがその本質である。「市民宗教としての国家神道」は、社会契約として、ひとつの近代の統合様式として、機能したというのが本書がいう「本質」である。鶴見俊輔は「自己のナショナリズムの最奥をくぐり、普遍に通じる」といったようなことをいっていたが、現在の「伝統」的言説、現象は、すべて、天皇制も含め、近代的産物なのである。だから、近代批判を徹底した「伝統主義」、「日本的なるもの」の視座をもてば、近代的祭祀の装置たる靖国に対して、新たな批判とオルタナティブが確立できるはずだ、ということが示唆されて、対談は終わる。
皇道神道的ではない何か、に立ち戻ることで、「日本精神」を立ち戻らせよう」という意見は、一見右翼的にもおもえるが、あるいみ、1950年代の国民的歴史学運動や、そのなかでいわれた「前近代を否定的媒介にして近代を批判する」という、左翼のなかでもかつてあった視座である。靖国批判は政教分離や人格権というリベラルなもの、また、戦争問題や歴史問題であるが、こうした近代批判の環の靖国批判という立て方は、ただの近代の産物にすぎない現代右翼にとってはわけがわからないだろうし、現代左翼にとっては忘却してしまっているものだろう。
こうした視座は迂遠である。本書が示唆にとどまっているように、具体的に考えていけばいくほど、具体性がない。しかし、迂遠であるからといって、オルタナティブな思考がら排除していったら、それこそ現実主義の陥穽にはまってしまう。超越的な議論を現実批判の刃に鍛え上げることの難しさを、この「本質論」はあらわしている。

