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アイテム詳細

三浦 清美

講談社

グループ:Book

ランキング:257631

価格:¥ 1,680

発売日:2003-07

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カスタマーレビュー

「タタールのくびき」から「第三のローマ」へ  (2006-02-05)
 現在でこそ世界最大の領土を誇るロシアですが、その濫觴はヴァイキング系の支配者を戴く弱小独立公国の連合体であり、13世紀以降はモンゴルに蹂躙され、キプチャク・カン国の宗主権の下で辛うじて地域的秩序を保つに過ぎませんでした。
 そうしたウラジーミル大公国ですが、連合体内部における覇権争奪闘争やギリシア正教会との結びつき、更には「北の十字軍」や強国リトアニアとの抗争の中、次第に中央集権を推進し、国家としての体裁と実力を整備していきます。その過程では、敵対勢力やコンスタンチノープル、更にはモンゴル・タタールとの関係の中で、ロシア的なアイデンティティーの確立を見るとともに、帝国的なキャラクターが成長を遂げていくこととなります。
 本書は、こうしたウラジミール大公国からロシア帝国への変容過程を一般向けに丁寧に解説するものです。モスクワ・トヴェーリ・リトアニアの三国志的状況、各公国とタタール・カンとの微妙な関係、政権と教権との縺れ合い、そしてノブゴロドを中心とする中世ロシア的共和政権の興亡などがほど良く書かれており、ロシア国家草創の経緯が活き活きと描かれています。
 マイナーな固有名詞もたくさん登場するので、スイスイサラサラ読みすすむというわけにはいきませんが、歴史ファンの諸子にとっては、頑張って読むだけの値打ちはあるかも知れません。

ロシア理解の入門書  (2005-03-18)
モスクワ大公国がロシアとして成立するまでの歴史を丹念に紹介している。まるでトーナメントを勝ちあがるようにモスクワ大公国が次々と現れる好敵手(?)を併呑していく様が実にわかりやすく描かれている。
ロシアを、いまだ国土も国民も定まっていない国として理解する筆者のロシア観が実に興味深い。
これはいたしかたないことなのだが、記述がモスクワ公国やトヴェーリ公国を中心としているため、その他のルーシ諸公国の動きがもっと知りたくなる。
プーチン大統領の演台に飾られる双頭の鷲。その起源を伺い知ることもできる。

大国ロシアが、まだ幼かった「ルーシ」だった頃・・・  (2004-12-12)
 日本の学校では、ロシア史はイヴァン雷帝の統治(1533〜1584)、ロマノフ王朝成立(1613)についてわずかに触れ、ピョートル大帝による絶対君主制の確立・エカチェリーナ2世等の帝政ロシア時代から本格的に学び始めることになっています。(少なくともレビュア−は、そうでした。) 
 ロシア革命や東西冷戦、ソ連解体を経て現在のロシアに至っていますが、今なお世界の大国であるのは間違いないと考えます。
 では、中世までのロシアはどうだったのでしょうか?ロシア人はスラブ民族であり、その名の由来が「奴隷=slave」であることから分かりますように弱小民族でした。中世のロシア人は自らを「ルーシ」を名乗り、森と草原の地に暮らしていました。
 しかし、北からはスウェーデン王国、西からはリトアニア・ドイツ騎士団(北方十字軍)等のローマ・カトリック勢力、東からはモンゴル帝国(いわゆるタタールの軛)強大な軍事力及び東方正教会と一体化したビザンツ帝国の権威による畏怖の圧力を受けていました。それらに対して「ルーシ」は、モスクワ・ノヴゴロド・プスコフ等の各都市諸公が乱立し民族の統一はほど遠いものでした。しかし、周囲の圧力から民族の自立を確立するため、「ルーシ」は、「ロシア」へと民族国家を形成して行きます。
 この書は、その過程について記されたものであり、専門書・学術書以外では極めて珍しく、とりわけロシア史に興味のある方には貴重な入門書と考えます。また、文章は達意平明であるため新書として充分に楽しむこともできるものとなっています。
 最後に、ロシア語で「皇帝の都市」を意味する「ツァーリグラード」という都市は、「ルーシ」にとっては世界で最も豊かで高貴な憧れの街です。この都市は現在でも有名な大都市ですが、おわかりでしょうか?ぜひ、この書を手にして答えを考えてみて下さい!

大国「ロシア」が、まだ幼かった「ルーシ」だった頃・・・  (2004-12-08)
 日本の学校では、ロシア史はイヴァン雷帝の統治(1533?1584)、ロマノフ王朝成立(1613)についてわずかに触れ、ピョートル大帝による絶対君主制の確立やエカチェリーナ2世等の帝政ロシア時代から本格的に学び始めることになっていたと記憶してます。(少なくともレビュア-は、そうでした。)
 僕は、大学時代にロシア近代史を専攻していましたが、近代に至るまでの歴史の理解も必要ですが、分かりやすい中世ロシア史の入門書がなく、苦労した記憶があります。 
 ロシア革命や東西冷戦、ソ連解体を経て現在のロシアに至っていますが、今なお世界の大国であるのは間違いないと考えます。
 では、中世までのロシアはどうだったのでしょうか?ロシア人はスラブ民族であり、その名の由来が「奴隷=slave」であることから分かりますように弱小民族でした。中世のロシア人は自らを「ルーシ」を名乗り、森と草原の地に暮らしていました。
 しかし、北からはスウェーデン王国、西からはリトアニア・ドイツ騎士団(北方十字軍)等のローマ・カトリック勢力、東からはモンゴル帝国(いわゆるタタールの軛)の強大な軍事力及び東方正教会と一体化したビザンツ帝国の権威による畏怖の圧力を受けていました。それらに対して「ルーシ」は、モスクワ・ノヴゴロド・プスコフ等の各都市諸公が乱立し民族の統一はほど遠いものでした。しかし、周囲の圧力から民族の自立を確立するため、「ルーシ」は、「ロシア」へと民族国家を形成して行きます。
 この書は、その過程について記されたものであり、専門書・学術書以外では極めて珍しく、とりわけロシア史に興味のある方には貴重な入門書と考えます。また、文章は達意平明であるため新書として充分に楽しむこともできるものとなっています。
 最後に、ロシア語で「皇帝の都市」を意味する「ツァーリグラード」という都市は、「ルーシ」にとっては世界で最も豊かで高貴な憧れの街です。この都市は現在でも有名な大都市ですが、おわかりでしょうか?ぜひ、この書を手にして答えを考えてみて下さい!