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アイテム詳細

内田 樹

文藝春秋

グループ:Book

ランキング:16733

価格:¥ 788

ポイント:7 pt

発売日:2006-07

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カスタマーレビュー

中身は「反ユダヤ文化」論  (2008-08-11)
「どのようなタイプが陰謀史観にはまりやすいか」に関しては目を見張るほど精緻でクリアな精神分析が展開されるが、「本当に陰謀史観は虚妄なんですか?」という疑問にはほとんど答えてくれない。「(私もしばしばそういう考え方をする事がある)」とか書いてるし。陰謀論を布教するメーワクな隣人のいる方は、溜飲を下げるためにおすすめ。陰謀論の真偽に興味のある人には何の参考にもならない。
 後半のレヴィナスの思想を軸とするユダヤ文化論は変なレトリックにはまっていて、わけが分からなくなっていく。「人間は間違うことによってはじめて正しくなることができる」とか言い出す始末だ。それゆえの禅の公案のような、思考を刺激する魅力はある。「今のままじゃ嫌だ!」という衝動を抱える人間は、ユダヤ人以外にもたくさんいると思われるが、非ユダヤ人、特になれ合い社会の中の日本人が現状を変革しようとすると、嫉妬されるのが怖いせいで「妬まれる勝者より憐れまれる敗者のほうが居心地がいいかも」という迷いの生ずることがある。ユダヤ人は勝敗に関わらず疎まれることが保証されているおかげで、純粋に勝ちを志向することができるのかなと思った。ユダヤ人の頭の良さはうらやましいけど、その頭の良さの育まれる状況はうらやましくないです。

とても内容の濃い本  (2008-03-30)
 反ユダヤ主義は、ヨーロッパにおいては他の人種差別とは違う流れを辿ってきた。
 ユダヤ人とは、あえてユダヤ信者であることの不利を選択し、自分のアイデンティティを固持しようとする「かたくなさ」と、ユダヤ教がキリスト教の「尊属」であるという性質を持っている。それが、ヨーロッパ人にとっては、他の人種に感じる「異質」への意識とは、違ったインパクトをユダヤ人に対して感じさせたのである。
 そして、ユダヤ人の連帯感・アイデンティティの立て方は、現在でも国民国家の枠組みに収まらない。
 アイデンティティの立て方としては、「この風土の中に、自分達の存在は、当然に生得的な権利を有していると、考える」人間と違って、ユダヤ人は、「私は遅れてここにやって来たので、<この場所に受け容れられるもの>であることをその行動を通じて証明して見せねばならない」と考える。
 そして、「自分が判断する時に依拠している判断の枠組みそのものを懐疑すること、自分がつねに自己同一的に自分であるという自同律に不快を感知すること」を自らに課す思考形態を持つ集団がユダヤ人であり、それは「知性的」な考えなのだけれど、集団としてそういう考えを持っているというのは、やはり「異質」であろう、と著者は言う。
 私は個人的に、ユダヤ人に対してはあまり考えた事は無いので、今のところは著者の考えるユダヤ人の定義に賛成も反対も無いのだが、“そういう考え方が出来るのか…”と、新鮮な記述が多く、非常に興味深かった。
 あと、面白かったのが、第三章 反ユダヤ主義の生理と病理。
 モレス侯爵やドリュモンという人を、私はこの本で初めて知った。ファシズムやプロパガンタ的論証の手法の雛形は、この人達が作ったのか!(或いは、この頃から存在したのか!)と、正直言って驚いた。根拠の無いものや、一見馬鹿げて見える考えも、時期が上手く当てはまれば、大衆に敷衍することが有る。そして、その人が、歴史的に大きな足跡を残す行動を取らなくても(取れなくても)、その人個人に対する記憶が消えても、その言説がどこか人の琴線にふれる「物語」であれば、後の歴史に姿形を変えながら、影響を残してしまう事も有る。(逆に言えば、論理的でなく、筋もロクに通っていないアジテーションの方が、インパクトが強いのかもしれないが…)そんな歴史の不思議を感じさせてくれた。

神との対峙  (2008-03-13)
我々日本人は「逝きし世の面影」(平凡社ライブラリー:渡辺 京二 著) にも有るように、江戸末期から明治にかけては、とても無邪気で人懐っこく、好奇心旺盛で幸せそうな人々だったと外国人の観察者は言っています。この部分は近代化を遂げ、個人間の対立と競争を発見したはずの今の日本人でもあまり変わっていないのではないかと思います。
でも、この「ユダヤ人文化論」に書かれているような、神との絶対的で徹底的に突き詰められた「個」の追求とは何とかけ離れているのか。なぜにここまで孤独に個だけが永続的に神と対峙しなければならないのか。我々日本人はこの点に関してはそうとう異なる民族です。

日本人はどちらかと言うと大衆の中の一人である事の方が心地良いようです。日本人は常に大衆あるいは集団として天あるいは宇宙に対峙して来たのでしょうね。日本人もあくまで個を磨くべきか、集団のぬくさの中に埋もれている方がいいのかは、はっきり言って解りません。良い悪いの問題ではないような気がします。

「夜と霧―ドイツ強制収容所の体験記録」(単行本 V.E.フランクル 著 霜山 徳爾 訳)を読むと、アウシュビッツで生き残った人達は最後には、「この辛苦は神から特別に我々ユダヤ人に与えられた試練、誇りを持って自信を持ってこの経験に耐えよう」と考えたそうです。これもユダヤ人ならではの考え方です。アウシュビッツにユダヤ人ではなく、万が一日本人が収容されたとしたら、その日本人はどのような行動をとったのか、どのようにその体験を考えたのかとても興味がありますが、そんなことが無くて良かったと思う方がまともかもしれません。

既存のユダヤ文化論とは一線を画すもの  (2008-01-06)
これを読めばフロイトやカールマルクスの言葉の引用などもあり、幅広い知識も得られます。
ユダヤ人が背負った宿命・なぜ迫害されてきたのか。
また頭がいいことでも知られるユダヤ人の謎にも迫った一冊。
値段相応の読み応えがあります。ハイレベルです。しかし低年齢の読者には難解かも知れません。大学のレポート用として買いましたが、じゅうぶん使えました。

ユダヤ問題が読後頭にひっかかる  (2007-11-17)
第6回小林秀雄賞受賞作品です。

 まず本書「はじめに」冒頭で書かれているように、ユダヤについての入門書ではない。本書では、なぜユダヤ人は迫害されるか、またノーベル賞受賞者が多かったり、著名な映画、音楽関係者が多いのか論考されている。

 もちろん本書の中に結論があるわけではない。ただ、著者の狙い通り、決して読みやすい文章で書かれていないため、それぞれの本書での問題が読後頭にひっかかる。