長年の信頼と運営実績。探したいサイトが見つかるサーチエンジン
書籍紹介
カテゴリー
QRコード
アイテム詳細
祥伝社
グループ:Book
ランキング:32743
価格:¥ 882
発売日:2008-04-23
通常24時間以内に発送
このページのURLは
http://linkmotto.com/a/asin/Books/4396111118/
この商品を買った人はこんな商品も買っています。
これが中国人だ!―日本人が勘違いしている「中国人の思想」 (祥伝社新書 113)
未来派左翼 下―グローバル民主主義の可能性をさぐる (3) (NHKブックス 1110)
カスタマーレビュー ![]()
う〜ん・・・・・・
(2008-09-16)
期待はずれでした。まず、著者の日本語がひどい。何を言っているのかわからない箇所が多い。知らない単語がいきなり出てくる箇所もかなりあります。
たまにマルクスの引用が登場しますが、「なぜここでこれを引用するんだ?」と思う部分が多い。
剰余価値論のところが特にわかりにくく、そのせいで全体が意味不明になってしまっています。
お薦めしません。
はっきりいって読みにくいです。
(2008-08-03)
レビューをみて購入しましたが
この本はわかりにくいですね。
あまりおすすめできません。
観点は2つ。
ひとつは著者の日本語が読みにくいこと。
主語がなくつづられている文章などはその最たるもので、
何について語っているのかよくわからない場面が結構あります。
あとすごく気になったのが意味不明な「〜なわけです」の連発。
ひどいときには1ページで5回くらい出てきたような・・・。
もうひとつは、初めて目にする専門用語が
あたかも既出で説明がすんでいるかのごとく出てくるところ。
意味を文字から推測して読み進めていくのですが
定義づけできていないために何度も読み返すことになります。
あげくのはてにネットで意味を調べることに・・・。
この本は難解といわれる資本論に興味が持てるよう
素人にもわかるよう書かれているものだと思っていましたが
見事に期待を裏切られました。
これで本当に読み手を意識しているのかな?
読者に事前学習を期待するような新書は
少なくとも私には必要ないです。
原本から跳躍して、彼方へと消えていくだけ
(2008-06-28)
『蟹工船』に超訳『資本論』ときた。俄かのサヨクブームである。これは喜ばしい。前者の既成政党絡みにはいろいろと問題があるが(小樽の小林多喜二記念行事は某既成サヨク政党の宣伝活動に利用されていたらしい)、後者については、そのデキはともかく大いに疑問を抱かざるを得ない(デキについて言えば、超訳が“跳躍”や“チョイ訳”になっていないことを祈ったものだ。勿論評者は本書を自腹で購入し、読んだ上でいっているのだ)。
それでは何が疑わしいというのか。まずこの新書、超訳カルチャーに対してである。これは数多くの自己啓発ビジネスカルチャーの片棒を担いでいるのではないか。しかも、マルクスをネタにしてである。大多数の自己中啓発書は、読んでいる者がいかに喜んでいても、儲かるのは書いた本人だけであり、小銭とはいえ散財した上で思考停止に陥る類のものであるのと同じように、ヒューマニズムにまぶした跳躍本で跳躍できるのは一時の己の頭だけ、いわばトリップするのであってこの複雑怪奇な現実に対する理解はさっぱり進まない。本来良心をたっぷりと持ち合わせた学者先生は、こういうちょろいお金儲けで少々懐は潤い、本筋の研究は疎かになる。読者は見えやすい現実ととっつきやすい理論解説にわかったような気になって安堵し、時には脂下がる。何という現実か?
ハッキリ言おう。こんな超訳では『資本論』から何ひとつ学べないし、ますます我々の思考はビジネスカルチャーに塗れていくと。我々の敵は、こうしたスタンスのカルチャーそのもののはずではあるまいか!
怒りに立脚
(2008-06-07)
後ろから読むと、分かりやすい。読んでいくと、資本主義への怒りがこみ上げてくる。
要約『資本論(第一巻)』
(2008-05-08)
『資本論』第一巻を10分の一程度に要約した本。
これから『資本論』を読もうという人に最適である。
本文からの引用が的確で、太字で読みやすい。
後記にあるように『資本論』後半部のマルクスによる当時のジャーナリスティックな実例が、この種の本にしては多め紹介されており、『資本論』が今こそリアリティーをもつ本であることを実感させられる。植民地的収奪や国家による合法的収奪は『資本論』の時代よりもより身近になったのだ、、、
引用された本文は著者自身によるであろう訳自体が読みやすいし、ところどころフランス語版から引用しているのも訓古学的な色彩を払拭していて爽快だ。
マルクス自身の章立てを踏襲しているので、『資本論』本文との対応もわかりやすく、変な抽象化や、造語がされていないのがありがたい。
消費を促すケインズ的な視点、国家による収奪、環境(自然)からの収奪、協同組合の可能性、そういった今まで『資本論』に不足しているとおもわれていたものがすべて折り畳まれていたことに今更ながら驚く。
第二巻、第三巻、はすでに第一巻の要約に折り畳まれていると考えられなくもないし、労働人口の問題等も触れられているのであらたな要約を必要としないとも言える。
ただし、具体的な対策等を考えるには第三巻は重要だし、全体の見取り図という点では第二巻は再評価されるべきだと思うので、やはり続編に期待したい(利潤/利子/地代に関しては図解があると便利なのだが)。
また、少し瑣末で専門的なことを言えば、スピノザの弟子云々の記述(p.47)や、プルードンを労働時間価値説と捉えた部分を鵜呑みにしている点(p.74)が気になった。
スピノザに関しては、レッシングをきっかけにしたスピノザ再評価と友人による遺著の出版を混同しているという些細なものだが、スピノザ経由のマルクス再評価(ネグリ等)がすすんでいる現在、見過ごせない。
プルードンに関して言えば、著者はフランスで研究会などに参加しているはずであり、この程度の理解しかないのは現在のフランス社会主義研究が遅れていると思われかねず、再考の余地がある。
マルクスはプルードンから、構成された価値、集合理論、などの概念を実質的に貰い受けているが、いずれも(敵の歌を歌うといった意味で)具体的に活用する方向からは外れてしまった。
これはマルクス自身の政治主義的な傾向が理由としてあるのだが、これは読者が今後の読みのなかで克服すべき課題かもしれない、、。
その意味で、この本の製作にmixiのコミュが活用された旨が巻末に記載されているのは興味深い。これなどは分析に徹したゆえにおろそかになった具体案、つまり社会的インフラを搾取でない方向に活用することの具体例であり、可能性を感じさせる。
プカレリアート(不安定とプロレタリアートを合わせた造語)に関しても要所要所で触れられており、多様な価値観を持つ現場のひとたちによる勉強会の副読本にもコストパフォーマンスという面から推薦できる。

