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アイテム詳細

矢吹 邦彦

明徳出版社

グループ:Book

ランキング:83798

価格:¥ 3,465

ポイント:34 pt

発売日:1996-04

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伝習録 (中公クラシックス)

カスタマーレビュー

8年で100億円の借金を返し、さらに100億円利益を残す方法  (2008-07-19)
江戸時代、困窮の備中松山藩を完全復活させた、百姓出身のヒーロー・山田方谷。当時の1両を現代の10万円だと考えると、8年で100億円の借金を返し、さらに100億円の利益を残した大逆転劇のストーリーがここにあります。

わが師「山田方谷」  (2006-10-14)
備中松山藩の財政を一身に背負い、借金十万両を背負う、実高わずか二万石弱の小藩を、わずか8年で逆に十万両の貯財に変えた理財の天才、山田方谷の物語。
司馬遼太郎の「峠」を読み、河井継之助が好きになり、孤高な継之助が三度も土下座し、師とした人物である方谷がいかなる人物か知りたく思い、読み始めた。
言うことを成す「誠」の字にふさわしい、有言実行の陽明学者であり、吉宗も鷹山も足元にも及ばない藩政改革を行った巨人方谷の話であり、尊敬を覚えた。

名前を聞いても知る人は少ないと思いますが。
吉田松陰や勝海舟などの軽く上を行く人です。
読めばすごさが分かると思います。
俺の場合これからも何度も読み直したい座右の書のひとつになりました。
興味ある人は是非一読を。

私情あふれる伝記小説!  (2005-11-19)
 山田方谷を作者はこよなく愛している。
 方谷にかんして、この本ほど私情をまじえ想像豊かな伝記小説は生まれてこないであろう。
 矢吹家の山田方谷への私情がいかに深かったか想像できる。著者の四代前の矢吹久次郎は方谷が最も信頼していた人物であり百二十通の手紙がおくられていた。
 その後継人として、自分のライフワークとして山田方谷とその時代を描こうとした。吉備国際大学の教授になってから執筆にかかったのか。方谷を敬愛する人たちとの合作といってもさし支えない。
 分厚く巨大なハードカバーの本になった。
 これ以上、私情まじえてこと細かに書かれた山田方谷の伝記は登場しないであろう。
 『小説 山田方谷 −炎の陽明学−』といった方がわかりやすいかもしれない。
 一度、備中で生活した者はこの本を買うとよい。読むと、備中の見方が変わるかもしれない。

若い頃の河井継之助へのかすかな疑問が解けた  (2004-11-07)
若い頃、司馬遼太郎の「峠」を貪るように読んだ。司馬遼太郎が武士の中の武士と賞賛する河井継之助にただあこがれるばかりだった。ただ一点心に引っかかったのが、クライマックスの北越戦争に突入せざるを得なくなった小千谷会談決裂。英邁な河井継之助が知恵の限りを尽くし武装中立を宣言して、長岡藩を官軍、幕軍双方から距離をおいた。しかし官軍の居丈高な降伏勧告に屈することができず、ついに官軍と戦端を開き長岡藩は焦土と化し、藩士はもちろん民百姓までを生き地獄の中に投じてしまった。なぜ負ける戦に踏み込んだのか。膝を屈するべきではなかったのか。若い自分には答えが見つからなかった。この本を読んで豪放磊落、傲岸不遜な河井継之助が生涯唯ひとり師と仰いだ山田方谷も、備中松山藩を背負って同じ立場に立ったことを知った。徳川幕府最後の老中板倉勝静を藩主としていただく松山藩は賊軍として逃れようもない、ぎりぎりの交渉の末無血開城、血を流すことなく松山藩を存続させて明治維新を迎える。師山田方谷と弟子河井継之助の違いがここに現れている。
 若い頃河井継之助にあこがれつつも心に残った微かな疑問が30年後この本を読むに至ってようやく解けた。朱子学、陽明学を究め、「知行合一」の実学として用いた山田方谷の生き様を知ることで、「学ぶ」とはなにか「致良知」とはなにかあらためて確認できた。平成の世を導く立場の方々にも是非読んでいただきたい一冊だ。

若い世代に読んで欲しい。  (2003-11-20)
この手の本は、人物に対する筆者の思い入れが強く、単なる美化や単純な崇拝で終わるケースが少なくない。
しかし、この本は緻密な研究をベースに執筆されており、まさに山田方谷の生き様に触れる事の出来る本である。