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未知谷
グループ:Book
ランキング:69606
価格:¥ 10,500
ポイント:105 pt
発売日:2001-09
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法権利の哲学―あるいは自然的法権利および国家学の基本スケッチ
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唯物論者の語学的関心の現象学
(2007-08-30)
牧野の解説は初心者への説教の形をとる。「終わりが始まりであるような」事例を探せ、という。それは目的意識的活動のことだ、と答える。私なら時計を例としてあげるだろう。
この人は、目的論を観念論ではなく、あくまでも唯物論で捉えようとしている。ヘーゲルは真の哲学はみな観念論だと主張しているにもかかわらず。これは永久革命を主張するマルクスにも言えることである。そうだとしたら、革命が成就するまでの人たちは単なる手段だということになる。終わりのない思想は個人を単なる手段にしてしまう。唯物論たる所以である。
牧野はいう。「自然はなぜ人間を生んだのか、それは偶然なのか、それとも、自然の発展的自己運動の必然的結果なのか。」〔偶然も必然も機械論である。これに対立するのが自由である〕後者をとることが「真の弁証法的唯物論」への道に通じるという。
また、「陳腐なお説教に堕落することになる」に註をふして、「マルクスがヘーゲルの『精神現象学』での疎外とその克服の抽象性を批判するのはこの点であろう」、という。「ヘーゲルではそれは全て思考の中での出来事であり、疎外の克服は確実な事なのである」、と。疎外の克服は確実、と主張することによって、一方に極に固執して、思弁を排する形になっている。他方で、シェリンクとの比較の上でそういえるのであって、「自己疎外の厳しさが考慮されていない」ともいう。ルカッチでさえ、自己疎外が現象学の主題だといっているのに。
訳をとりあげる。Form とWesenないしAn-sichの対立に「現象形式」と「本質」を当てる。これでは「論理学」の思想になる。形式といえば、内容あるいは実在という訳語が適切であろう。
しかし圧巻なのは、どこが本文なのかわからぬほどの補足がある。〔原典の頁数がないのは不便〕著者の語学的関心が私の関心を引き寄せる。そのためにのみ、この書を利用し始めた。
現代哲学の起源
(2007-04-07)
本書は奇妙な書物だ。論文の形式ではなく、叙述形式も学術的なそれではなく、エセーに近い。内容は、哲学そのものを語る序言、哲学方法論の序論、それから感覚・知覚にはじまり、意識、自己意識へと進み、理性、精神へと進んで宗教、絶対知へと到る。認識論あり、認識論批判あり、心理・意識の論述あり、自然哲学あり、対他関係あり、社会哲学あり、宗教哲学あり、とあらゆる分野を渉猟、覆い尽くす。個人の成長の局面を描きながら、人類の精神史の行程を描く。あたかも個体発生は系統発生を繰り返す、という進化論の先取りのようだ。圧巻は、方法論の序論、マルクス・サルトルへ影響を与えた「自己意識」の章の「主人と召使」、現代哲学批判として通用する「ストア主義、懐疑論、不幸な意識」そして、「精神」の章の「良心」論だ。だが私個人としては、「良心」の章を強く推したい。本書に比肩するのは、カント、マルクス、キルケゴールの主著だと思う。翻訳は読みやすさと学理的な水準を兼ね備えた最良のもの。煩わしいコメントは不要だった。翻訳をして訳者の力量と思想は十分に発揮されていた。

