長年の信頼と運営実績。探したいサイトが見つかるサーチエンジン
書籍紹介
カテゴリー
QRコード
アイテム詳細
にんげん出版
グループ:Book
ランキング:110151
価格:¥ 1,680
ポイント:16 pt
発売日:2006-02
通常24時間以内に発送
このページのURLは
http://linkmotto.com/a/asin/Books/4931344119/
この商品を買った人はこんな商品も買っています。
カスタマーレビュー ![]()
有能な主任分析官を失った日本の損失を思う
(2007-09-03)
(ロシアは)色々な問題を孕んでいますが、基本的には、国家から個人へ、神話から事実へと向かい、現在の生活を大事にしようとする方向に向かっていることは確かです。
そして、それは対外的関係においても健全なロジックを生み出す基盤になっていると思います。
そのような中で、ロシアは孤立主義に陥らず対外協調を重視する方向に進んでいますが、この傾向が順調に発達するためには、外部世界がロシアという国の内在的ロジックをきちんと理解することが必要です。それが前提になってこそ、協調関係が前進するのだと思います。
ロシアは民主主義の第一次試験には合格しました。エリツィンからプーチンへ合法的に権力の移譲が行われました。これはロシア史上初めてのことです。
そしてずっと西側を向いてきたロシアが、今、初めて東側、アジアの方に顔を向けてきています。これに対して日本は、ロシアの内在的ロジックを理解しながら、尊厳と名誉を持って正面から受け止めていく必要があります。そして、日本にとっては多少わかりずらい言葉を使う相手ではありますけれど、対話を強化していかなくてはならないと思います。
====================================================以上引用終わり
ソ連の崩壊はいわば政治的チェルノブイリであると比喩し、権力が炉心から融解してしまい、それによって社会全体が汚染されたと主張するブルブリスを、エリツィンが『俺はこのブルブリスに良いように操られているのではないか?』との猜疑心を擁いた所から始まったと佐藤氏は分析しています。更に、有能なブルブリスをとおざけたことが、エリツィンの国家戦略の欠如に結びつき、改革の混乱を招いたと佐藤氏の分析は続きます。
この内在的ロジックをきちんと的確に理解し、対話の糸口を見つけられる人材が今の日本にどれほどいるのでしょう。
文学界八月号で佐藤氏は、「将来有能な若手を育成し自身は分析官から身を引いた」と記述しています。サハリン1の天然ガス交渉のゼロ回答や、日ソ共同宣言50周年記念フォーラムにおける、鳩山・河野両氏の『三島返還妥協案』発言など、佐藤氏がどのような論評をだされるかと思えば、つくづく有能な主任分析官を失ったと思うばかりです。
顕教としてのマルクス主義、密教としてのユーラシア主義
(2007-06-02)
最高のロシア学の入門書になっています。学生はまず本書を読みこの対象のさまざまな襞に入っていけばいいのでしょう。私の学生の時代には振り返ってみればこのような作品がなかった。あるのはドライなアカデミックな筆致の下にソヴィエトへのロマンチックな愛着を隠し切ったe.h.carrのソヴィエト革命史であり、日本語では、能天気にもソヴィエトのグロテスクな弁護に終始した政治的な作品ばっかりでした。ベルジャーエフなどの著作は、目に触れることもなくほとんど禁書やとんでも本扱いだったようです。著者の現場での体験を下にしたソヴィエト崩壊のプロセスの回顧もたしかに面白い部分ですが、この作品の特異な部分は、ロシアのnational bolshevismへの言及です。national bolshevismは、海外の作品("philosophy steamer"や”richard pipesの”liberal on the right")では必ず言及されるテーマですが、どういうわけか日本ではあまり直接的には取り上げられなかった視点です。著者は、ロシアの本質を、顕教としてのマルクス主義、密教としてのユーラシア主義(national bolshevism)と喝破しています。そしてユーラシア主義を否定神学の一形態と捉え、宣長との比較まで取り上げているほどです。西欧での数多の議論と彼らの個人的な嗜好にもかかわらず、ロシアはつまるところアジアでもなければヨーロッパでもないわけです。そしてロシアはスターリンをこれからも必要とするわけです。ところでロシアのデフォルトは1996年ではなく1998年だったと記憶していますが。最後に、”突破者”のような団塊の世代の切り口なるものは余計でしたね。
現場を見て、人脈をもつものだけが知る内情
(2007-04-06)
宮崎氏が主催する研究会での佐藤さんの数回にわたる講演の記録。
ソ連崩壊を自らの目でみた佐藤さんの考察は興味深いし、種々な民族、宗教が入り混じる国家の歴史が生き生きとと描かれている。
しかし、最終的に、○○人であるアイデンティティー、○○宗教を背景に持つといった括りでしか歴史が流れないのか?という疑問が浮かぶ。そんな枠を超えた世界平和を目指す外交はありえないのか?
スポーツ組というマフィアの存在があるそうだ、エリチィンもプーチンも繋がっているような記述があります。怖いですね。暗殺が日常起こることも最近のジャーナリスト暗殺や元KGBのロンドンでの殺害もこのスポーツ組なんでしょうか?
でも一般人は非常にフランクであり、働き者であり家族愛に満ちていると佐藤氏は述べています。おそらく、これは世界中同じなのでしょう。常民の姿は世界共通。
「ソ連が嘘で塗り固められたロクでもない国家であったということは間違いない。しかし、国家の崩壊によって、ロシア人、ウクライナ人、リトアニア人、アゼルバイジャン人など、ソ連領域で生活していた一人ひとりの悲惨な物語を目のあたりにして、私は国家は悪であるが必要だとの確信を抱くようになった。私はこのときから国家主義者になったのである。ただし、私は個人的体験に基づく国家主義を他人に押し付けようと思ったことはない。あのクーデター未遂事件後、私は役人として上司におもねることを止め、国益のために自分が正しいと信じることは、官僚組織から煙たがられても素直に言う事にした」
「完全なエスニッククレンジング(民族浄化)が行われて、一人も相手の民族がいなくなったが故に、それと同時に民族問題が「解決」したんです。」
なるほど。でも虚しい。
「ソ連崩壊」に興味があれば、べらぼうに面白い!
(2007-01-12)
90年代初頭の経済混乱期、モスクワの警官たちが給料のカット&遅配により「恐喝」を商売として糊口をしのいでいた時期があった。特に外国人は彼らにとって美味しい「得物」であったので、モスクワ在住の日本人たちは彼らを「ゴロツキー」と呼び、恐れ、嫌悪した。
栄光のソビエト連邦が何条もってかくのごとき惨状を呈したのか、以前からずっと疑問だったのだが、本書はその疑問に非常によく答えてくれ、あっという間に読了してしまった。
まったく、これほどのロシア通を外務省から排除したことは、日本外交にとって痛手であろう。しかしおかげてこれほど面白い本が読めるようになったのであるから、日本の文化学術については大いなる福音である。外務省の功罪は、歴史が判断することになるのだろう。
なお、宮崎学がペレストロイカと小泉構造改革を重ねよう重ねようとしているが、それについては納得しがたい。日本の社会は虚偽で固めたイデオロギー帝国・ソ連よりもはるかに柔構造で強靱である。だいいち、小泉純一郎はゴルバチョフほど大物ではない(笑)。
ゴルビーを買いかぶってはいけない
(2007-01-05)
私は、佐藤優氏の足元にも及ばぬが、ロシアの動向に関心を持つものである。日本ではゴルバチョフに対する評価が高いが、ロシアの実情を少しでも知れば、それは買いかぶりであると思えるのである。理想が高いあまりに、ロシアの現状をきちんと把握しなかったために国家を崩壊へと導いた責任は重い。だが、宮崎学氏がゴルバチョフと小泉純一郎を似たものどうしにすることには無理がある。小泉純一郎は理想主義者ではない。大衆が何を求めているかを察知することにかけては良くも悪くも天才的であり、その才能はゴルバチョフには欠けていた。
それにしても佐藤氏にような高い情報収集力と分析力を持つ外交官を生かせない外務省は一体何なのか。ゴマスリばかりがはびこる組織に外交を担わせているようでは、日本の「国家の崩壊」も他人事では済まされない。

